雨蛙くん!梅雨明けはまだ?
梅雨明けは、まだかな?
どんよりと、湿った重みが
たえず頭の上に張り付いていて、
実家の母の緊急入院という、いのちの危機を、
まるで、天気が演出しているような気がします。
けれど、梅雨には梅雨の豊かさがあるように、
危機にも危機の、意味があるのでしょう。
なぜか、こんな時に、以前、図書館でリクエストしておいた、
「夜と霧」で世界的に知られた、V・E・フランクル著の
「それでも人生にイエスと言う」という本が、手元に届きました。
彼は、ナチスの強制収容所という過酷な体験の中から、
人は、たとえどのような状況に陥っても、
「それでも人生にイエスと言う」ことが出来るのだと、伝えてきます。
生きること、とは、人生からの問いかけに、どう応えるか、
その状況にどう望むか、という生きる姿勢なのだと。
集中治療室の母、老いた身でこの事態を乗り切ろうとする父、
人よりも、生きる困難さを背負った兄、という実家の重みに、
「頼りになる娘」の私(けれど、私も重みは苦しい!)は、
どう向き合っていこうとするのか。
何者の計らいか、タイムリーに届いたこの本が、私の中に、
なにかの種を蒔いてくれるたらいいなと
思っています。
涼を求めて!
梅雨明けは、まだかな?
どんよりと、湿った重みが
たえず頭の上に張り付いていて、
実家の母の緊急入院という、いのちの危機を、
まるで、天気が演出しているような気がします。
けれど、梅雨には梅雨の豊かさがあるように、
危機にも危機の、意味があるのでしょう。
なぜか、こんな時に、以前、図書館でリクエストしておいた、
「夜と霧」で世界的に知られた、V・E・フランクル著の
「それでも人生にイエスと言う」という本が、手元に届きました。
彼は、ナチスの強制収容所という過酷な体験の中から、
人は、たとえどのような状況に陥っても、
「それでも人生にイエスと言う」ことが出来るのだと、伝えてきます。
生きること、とは、人生からの問いかけに、どう応えるか、
その状況にどう望むか、という生きる姿勢なのだと。
集中治療室の母、老いた身でこの事態を乗り切ろうとする父、
人よりも、生きる困難さを背負った兄、という実家の重みに、
「頼りになる娘」の私(けれど、私も重みは苦しい!)は、
どう向き合っていこうとするのか。
何者の計らいか、タイムリーに届いたこの本が、私の中に、
なにかの種を蒔いてくれるたらいいなと
思っています。
涼を求めて!