猫関係

 

 

外猫フク、元ノラ。推定15歳。

12年前、喧嘩のケガ、去勢から始まって、

これまでご飯とねぐらをお世話させて貰っています。

 

お隣さんは、彼が毎日のように来るのを楽しみにしてくれて、

反対側のお隣さんは朝、散歩に出かける時、

「フク、おはよー!」と時々声を掛けてくれてるし、

近くの幼稚園児や通学の小学生も構ってくれたりしています。

 

 

コロナ騒ぎで人との接触を避けている私。

SNSもあるし、3人家族で適度な会話も出来るので、

これまで不自由は感じなかったけれど、

電車で1時間半のところに住む長男に色々確認したいことが出来て、

それなのに会って話が出来ないもどかしさを、今日は強く感じたのでした。

 

人とたくさん繋がること会うことが、大きな価値であるような

錯覚を起こす今の世の中だと感じている私は、

正直なところ「人と会わなくてよい、会うな!」と言われて、

心のどこかがホッとしているような気もするのです。

 

 

だけど、ちょっとした拍子に

「しばらく会ってない○○さんとお茶でも」と思って、

そうだ!出来ないんだ!と思った瞬間の不自由さに、

どこかモヤモヤしているのも確かです。

 

電話では急かされるし、SNSは沢山書けない、

やっぱり「話す」はどこか違う。

 

 

緊急事態宣言が解除されて、気遣うことなく

友人とランチ出来る日はまだ先。

 

今は家猫3匹、外猫1匹、更に母屋に1匹という無口な猫達に、

静かに慰められている私です。

 

 


予測不能

 

 

最近手に取った雑誌に、人生には三つの坂がある、と

書いてありました。

 

上り坂、下り坂、そして、「まさか」。

その言葉が度々、脳裏に浮かんでいます。

 

写真の風景は2月下旬の土手の姿。

平和な早春の風が吹いていたのです。

 

「まさか」の多くは不幸な出来事としてあるけれど、

不幸の中で、更なる「まさか」に出会うこともあると

その雑誌には書かれていました。

 

受け入れ難い不幸の中にあって、

人の思い遣りに助けられたとあり、

それも「まさか」だったと。

だから人生は「まさか」だらけだと。

 

今、私は事態をどこかで飲み込めていないし、先も

よく見えません。手帳はほぼ真っ白。

 

とにかく目の前の田畑と

目の前のピアノと

目の前の家族と共に

今日一日を過ごします。

 

 


今、ここに在る空

 

 

 

ブログを更新しなくなって、3年くらい、あっという間に過ぎてしまいました。

そして、気が付くとコロナの恐怖に怯えるという非日常があたりまえの毎日。

 

こうなって思うの事の1つはやはり、愚痴を言いながらもノホホンと生きてる日常は、

こうやってあっという間に変わるのが現実なんだなと。

 

 

好きな音楽も、やりたい手仕事も、今はコロナの情報で頭が固まっているのか、

手に着かない。畑だけは当たり前のように世話をしているけれど。

 

それでも意識的にピアノを弾いてみると、確実に体が解れてくるのがわかるので、

情報を集める以外のこと、手を動かすこと、体を動かすことを

した方がよいのでしょう。

 

忘れかけていたブログも、そんな中で書いてみました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


冬の菜花



寒さの中で縮こまっている野菜たち。
​既に収穫してしまったブロッコリー。気が付いたら食べ頃を過ぎて
花を咲かせている房に気が付きました。

ありがたくテーブルに飾って、小さな春を楽しんでいます。



 

巨大ニンジン??



葉っぱばかり大きくなって失敗したかと思っていたら、
​大雨台風の後によく育ってくれたのか、
今までで一番太く大きいニンジンが採れました。

​大根より大きい!!と見えますが、実は大根の育ちが悪くて
​沢庵用に干し大根したら、さらに縮んでしまったのでした。

それでもやっぱり大きなニンジンです。



 

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